・・・芸術作品は無限に孤独なものであって、批評によってほど、これに達することの不可能なことはありません。ただ愛だけがこれを捉え引き止めることができ、これに対して公平であり得るのです。—そのような議論や、批判や、解説に対しては、あなたはいつも自分自身と、あなたの感情とを正しいとお考えください。たとえあなたが間違っておられても、あなたの内部生命の自然な成長がおもむろに、時と共に、他の認識へと導いていくことでしょう。あなたの御判断に、それ自身の静かな、乱されない発展をお与えになってください。それはすべての進歩と同じように、深い内部からこなければならないものであり、何物によっても強制されたり、促進されたりできるものではありません。月満ちるまで持ちこたえ、それから生む、これがすべてです。すべての印象、すべての感情の萌芽は、全く自己自身の内部で、幽暗の境で、名状しがたいところで、無意識のうちに、自己の悟性の到達しえないところで、安全に発育させるようにし、深い謙虚さと忍耐とをもってあらたな明澄さの生れ出るのを待ち受ける、これのみが芸術家の生活と呼ばれるべきものです、理解においても、創作においても。
 そこでは時間で量るということは成り立ちません。年月は何の意味も持ちません。そして十年も無に等しいのです。およそ芸術家であることは、計量したり、数えたりしないということです。その樹液の流れを無理に追い立てることなく、春の嵐の中に悠々と立って、そのあとに夏がくるかどうかなどという危惧をいだくことのない樹木のように成熟すること。結局夏はくるのです。だが夏は、永遠が何の憂えもなく、静かにひろびろと眼前に横たわっているかのように待つ辛抱強い者にのみくるのです。私はこれを日ごとに学んでいます、苦痛のもとに学んでいます、そしてそれに感謝しています。忍耐こそすべてです。

ライナー・マリア・リルケ『若き詩人への手紙』